* サンプル *
「…ロクなものが、ねぇな。」
「あんたが使うのかい?」
決して少ないとは言えない武具の並ぶ店内。その中の呟きを拾って、武器屋の店主が言う。自分の店の品揃えには自負がある。それをあからさまな物言いで批判されたのでは、いい気分はしない。
店主は男の足下から順に、顔まで、なめるように見ていく。
あげく、小ばかにするように、
「そんな、小娘みたいな細い腕と体で、何が持てるというんだね?」
言う。
年の頃はやっと大人の仲間入りをした頃と思われる。長い漆黒の髪が、頭頂に深紅の組紐で結い上げられている。薄汚れた顔の中にこれも漆黒の瞳がぎらついている。痩躯から伸びる手足も細い。
ただ、見れば戦いにか肉体労働にか、筋肉が鍛え上げられているのはわかる。長く武器屋をやっているのだ。それはわかってはいる。敢えて揶揄するように言ったのは、先の男のせりふに神経を尖らせているせいだ。
「剣は図体がデカけりゃ持てるってもんじゃねぇ。技量と素早さ、そして、剣だ。」
こともなげに男は答えた。今度は店にいるほかの客がそれを聞きとがめる。
優に2Mは越す巨体。腕もこの眼前の男の腰周りほどはありそうだ。
「何をほざくか、若造が。膂力がなくてどうして、剣を扱えるかっ!?」
目の前に並んでいる大刀を、取り上げる。刃渡りは100cm以上。巾もかなりある。重量は相当なものだろう。それを、軽々と振り回してみせる。
「貴様の言う、技量とやら、如何程の物か、見せて貰おうか」
「迷惑だ。」
巨躯の男に言いながら、表情には余裕がある。
「剣を取れ。」
「無用。」
剣を振り下ろそうとする巨躯の男の懐に潜り込み、肘で男の鳩尾を撃つ。
巨躯の動きが止まる。
痩身の男の上に、ゆっくりと倒れこむ。
痩身の男はあろうことか、それを片腕で支え、のみならず、頭の上まで抱え上げた。
「親父。この男の知り合いか?」
店主に問いかける。主人は首を横に振る。知っていようといまいと、自分には関わりのないことだと言いたげに。
(from 'ABC's Story')